「昭和史」と「昭和史 -戦後編-」を読む

半藤一利著「昭和史」と「昭和史 -戦後編-」を読む。両者共に厚めの本であるのにも関わらず、語り口調で書かれているのでとても分かりやすい。

ある事象が過去のどのような事象とどのように関連しながら起きたのか、という歴史の流れがとても分かりやすく、高校の歴史の授業(付録のような現代史)程度の認識しかない私には現代史の概略を掴むのに非常に役に立つ。昨年出版された中村隆英氏のものも改めて読みたい。

その中で何度か登場する「40年史観」という見方が面白い。明治維新から日露戦争、そして太平洋戦争が終わって昭和の終わりまで、ほぼ40年ごとに大きな転機が訪れているという見方。言われてみれば確かにと思う。順当に進めば次の転機は2030年頃でサイクルとしては衰退の一途を辿る番。

とは言え、このサイクルは何事もなければ今の私たちが作り上げて私たちが体験するものであるし、少なくとも現時点では白紙の未来。後から衰退の時代であったと言われたとしても、僅かでも良い方向に進めるのだと思いたい。

ShadowDraw

絵心のない私にとってこのようなヘルプがあるととても助かる。スクラッチでもなくコピーでもなく、その中間をいく素敵な方法。

その年代らしさ

僕にはよく言われる「その年代らしさ」とか「年相応」という考え方がいまいち分からない。なぜかといえば、お付き合いをしている方に同世代、同年代の方がほとんどいないこと。反対に言えば上も下も年齢が一回り以上離れている方が多いこと。望んでそうしたわけではないけれど結果的にそうなってしまった。

とはいえ、ある程度の考え方は身につけないといけないので上の世代と下の世代から学んだものを足して二で割って考えるようにして保ってはいるけれど、表面上はどうにかなりつつも、人によっては若いと言われ人によってジジくさいと言われ、ちぐはぐ感はどうにも拭えない。

たぶん僕は自分の立ち位置を自分で決められることを望んでいるのだと思う。要するに自分勝手なのだけれど。

vimでEscキーが効かない

VIM7.3を利用していて、Escが時々効かなくなることがある。その症状はいつの間にか発生していつの間にか直っているようで、VIMの再起動やOSの再起動には関係の様子。また、ThinkPad USBトラックポイントキーボードのせいかと思ってドライバなどを入れて替えてみても解決せず、仕方がないので下記3番のようなことをしていたけれど、とてもやっていられない。

解決方法を探したところあっさりと見つかった。私の場合、Windows7とPhotoshop CS4を利用しているが、症状は全く同じ。Photoshopを立ち上げると確かにEscが効かなくなるよ。。。

・Photoshopを終了する。
・Shift+Escを代わりとする。
・Ctrl + [(普段使わないので慣れない)
・F1でhelpを表示し「:q」で終了すると元のバッファに戻ったときにはノーマルモードに(面倒くさい)。

参考

DreamweaverでXML parsing fatal errorが出た。

DreamWeaverを立ち上げたらこんなエラーが出た。

XML parsing fatal error: An exception occurred!
Type:UnexpectedEOFException, Message:The end of input was not expected, line: 17, file:
C\:Users\xxx\AppData\Roaming\Adobe\Dreamweaver CS4\ja_JP\Configuration\Workspace\Classic.xml

内容を見るに、パネルレイアウトに関するxmlファイルの終わりが予期しない形式になってるよ(要は壊れてるよ)とのことなので、該当のファイルを開いてみると案の定こんな形で途切れてた。

[PHP]

修正のしようもないので、一旦DWを強制終了して該当のファイルを削除してから再起動したら普通に立ち上がった。

あとはパネルレイアウトを再設定して完了。ちなみにClassic.xmlは勝手に再作成された。

山下達郎コンサート

山下達郎コンサート。急遽行かれなくなった友人からチケットを譲り受け、有名どころの何曲かしか知らないままの参加。結果的にはトータル4時間弱の長丁場にもかかわらずそれと感じないほど楽しい時間を過ごせた。

ご本人の歌やおしゃべりは当然として、それを支えるバンドメンバーが素晴らしくてきっとリハーサルの回数以上に息がピタリ。そして山下達郎本人が一人一人のメンバー紹介やソロで活躍する場を作るのを(しかも何度も!)見ていて非常に気持ちが良い。

また、アンコールの後も続けて何曲か歌うところまではお約束だけれど、その”何曲か”が多くて近くのお客さんから「まだやるのか?」という声がちらほらと聞こえて少し可笑しかった。

デビュー37年なんて自分が生まれてもいないような少し気が遠くなる時間。そんなに昔から大舞台のしかも第一線で頑張り続けているなんて本当にすごい。来年で還暦だそうだけれどますますの活躍を願いながらまた聴きに行きたいなと思う。

明日でおしまい

明日で長年勤めさせていただいた社会人学校の講師業が終了する。通常の仕事とは別であったため、主に土曜日に準備にあたり日曜日に教壇に立つという日々で、それが当たり前のように感じるほど。そして、来週からの週休二日生活に一抹の不安を覚える。

学校では二十歳前の学生さんから年配の方まで本当に多くの方に教えさせていただいた。今でこそ授業の組み立てや資料づくりなどをある程度はスムースに出来るようになったけれども、始めた当時を思い返してみるとそれはもう酷いもので、よく嫌にならずについてきてくれたなと思う。当時の生徒さんと時々お会いすることがあって、「先生(私)に教わって良かった」などという有難いお言葉をいただくが、むしろこちらから謝りたい気持ち。

とはいえ、それまで他人にものを教えたことも/教わったこともなく、まして人前で話すことが得意ではなかったこともあって、いろいろと試行錯誤をしながらの授業だった。特に、他人から教わった経験があまりに少ないことが気がかりで、どんな言葉や言い回しが分かりやすいのか、どんな間をとったら良いのか、表情は、声のトーンは、と考えたらきりがない。各種書籍や業界のセミナーやカンファレンス、講演会などに出かけていき、少しずつ勉強をしていった。

そんな中で最も心がけたことは、ある物事を説明する場合にそれを自身が理解できた瞬間を思い出して、その前後のプロセスと共に説明をすること。「理解」の捉え方は人によって千差万別だけれど、それでもそれは物事の抽象度を高めていったその極限、もしくはその過程の一部分であって、かつ演繹が可能な考え方を手に入れることに変わりはないと思う。言葉にしてみれば簡単なことでも、講座の中で生徒さんの考え方をその方向に導いていくことは本当に難しかった。それに、生徒さんの来校の目的によっても方向性を変えなければならないし、そこのところの見極めには非常に悩んだ。ともかく、僕の思うところが少しでも伝わっていたら嬉しいな。

また、講師/生徒としての立場を超えて、個人的に友人としてお付き合いをさせていただいている方も何人かいて、実のところでそんなつながりを生み出してくれる場所が無くなってしまうことが最も寂しい。自分とは異なる年代、考え方を持つ方々とのお話は非常に楽しく、私がむしろ生徒として勉強をさせていただいていたようなものだから。

つらつらと思ったことを文章にしてみた。なかなかうまくまとまらないけれど、最後の準備をしながらこんなことを考えていた。

サーバーの不具合について

11/20から断続的にDBがダウンしていた。アクセスログなどを確認すると、どうも怪しい場所からの連続アクセスがあったみたい。現在は復旧済。

アクセスされた方にはご迷惑をおかけいたしました。